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ソフビコレクション SOFUBICCHI 闘龍門JAPAN

マグナムTOKYO
マグナムTOKYO
銀髪版
マグナムTOKYO
マグナムTOKYO
金髪版
望月 成晃
望月成晃
銀髪版
望月 成晃
望月成晃
金髪版
ストーカー市川
ストーカー市川
CIMA
CIMA
白コスチューム版
CIMA
CIMA
黒コスチューム版
ドラゴンキッド
ドラゴンキッド
金コスチューム版
ドラゴンキッド
ドラゴンキッド
緑コスチューム版
岡村社長
岡村社長
シークレット

ピックアップ画像
【背中】
隠し持っているものは…

箱画像〈参考〉


商品データ
メーカーBANDAI発売年2003
販売形態玩具税込価格1000円+税?
種類数全10種所有数6体
ドラゴンゲート公式

指人形について

SOFUBICCHI(ソフビッチ)というのは、ソフビ製指人形のシリーズのことで、プロレス関係でよく見かけます。カプセルなどではなく箱に入っていて、ブラインドボックスであることが多いようです。プロレス関係に多い(プロレス専門なのでしょぅか)ということで、会場などでの販売がほとんどのようです。今回はオークションで仕入れた闘龍門JAPANをご紹介していますが、ほかにもみちのくプロレスのシリーズがあるようです。

それにしても、値段が高いようですね。とある記事で1100円というのを見ましたがシークレットで色違いがあって、お高くて、それでいてブラインドだととても手が出せません。


作品・登場人物データ
1999年、ウルティモ・ドラゴンがメキシコに設立したプロレスラー養成学校「闘龍門」が、1月31日、後楽園ホールで興行を開催し、日本逆上陸を果たす。同年6月、親交のあった格闘技塾 武輝道場を吸収合併し、闘龍門の分校となる、「闘龍門JAPAN(とうりゅうもんジャパン)」を神戸市に設立し、闘龍門卒業生の受け皿とした。7月4日、博多スターレーン大会より闘龍門JAPANとしての旗揚げシリーズを行った。その後、2004年7月4日、神戸ワールド記念ホールで開催した旗揚げ5周年記念大会を機に闘龍門JAPANが闘龍門から独立することを発表。7月5日、団体名を「DRAGONGATE(ドラゴンゲート)」に改称した。(Wikipediaより)
マグナムTOKYO ミスター・エゴイスト(正規軍時代はミスター・バイアグラ)、踊る銃弾戦士などと称された。ギミック上のモチーフになっているのはAV男優やストリッパー。ダンスをしつつ観客が、お札を黒木のコスチュームに挟む入場シーンが有名であった。
望月成晃 1994年にデビュー。入場時はスカジャンを身にまとい、キックボードを使った。また、パウダー、ブルーボックスなどの凶器攻撃、乱入してバッドエンド、ノーコンテスト決着などその他反則行為などその後同団体のヒール行為を作り上げた。
ストーカー市川 1998年にデビュー。フジテレビの番組「オレたちひょうきん族」に出てくるブラックデビルの格好がギミックの特徴。入場テーマは同番組のオープニングテーマでもあった「ウィリアム・テル序曲」。
CIMA 1997年にデビュー。「心臓バクバクするプロレス」をテーマに掲げている、闘龍門JAPANの旗揚げのメンバー。2000年に開催された第3回「スーパーJカップ」では、決勝で獣神サンダー・ライガーに敗れて準優勝となったが、一躍日本のジュニア界にその名を知らしめた。
ドラゴンキッド 1997年にデビュー。もともとはFMWに入団してレフェリーを務めていたが、プロレスラーになる夢を捨てきれず、遠縁の新崎人生の紹介でウルティモ・ドラゴンが設立した闘龍門の1期生としてメキシコへ渡り、ウルティモから後継者に指名されてマスクを授かりドラゴン・キッドとしてプロデビューした。
岡村社長(岡村隆志) 闘龍門JAPAN設立時の代表取締役社長。選手間の抗争などに決着をつける際のマッチメイクや、大規模会場での試合をリング上で決定することから、「即決社長」と呼ばれたこともある。選手にとって極めて厳しい条件でのマッチメイクや、その入場曲から「デビルマン社長」の異名も持つ。選手活動の傍ら経営者としての才能にも長け、プロレス業界が不況のさなか観客収容率は常時90%を超えるなど闘龍門JAPAN時代から黒字を出し続けている。

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